仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)128号 判決 1955年2月15日
控訴人 浜田章 外一名
被控訴人 桑原豊作
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
被控訴代理人において、
(1) 被控訴人は本件山林のうち土地を福島県岩瀬郡湯本村から買受け、立木は訴外金沢敏行より訴外株式会社東亜鉱業所代理人角田某を経て買受け右土地とを含めた山林の所有権移転登記を経由したものである。従つて被控訴人は本件山林(地盤と立木)の所有権者である。
(2) 被控訴人は本件山林内の立木所有権者であるからその旨を明らかにするため係争の立木所有権保存登記前に右立木数千本についてその樹皮を剥ぎ黒エナメルで被控訴人の所有なることを表示し、或いは被控訴人の氏名を表す焼印を押し、若しくは被控訴人が所有権者なることを明記した木札を樹木に打つける等の明認方法を施した。
と述べ、
控訴代理人において、
(1) 本件登記の目的物件たる立木は土地と共にもと国有林であつたが、福島県岩瀬郡湯本村が行政訴訟の結果その所有権を取得したものであるところ、同村は右山林中立木の全部と三分の一の土地所有権とを控訴人浜田章に譲渡し同人はこれを訴外金沢敏行に売渡し金沢は更に別に右湯本村から買受けた前記山林中土地の残三分の二と共に右立木を訴外株式会社東亜鉱業所に売渡したが、代金支払が履行されなかつたので金沢は右東亜鉱業所に対する売買契約を解除し右物件を控訴人五月女駒吉に売渡したのである。
(2) 被控訴人は前記金沢敏行と株式会社東亜鉱業所間の売買契約の解除を無視して右会社の社長稲田梅太郎から先に預つていた委任状を利用して同人の意思に反し自己に所有権を移転せしめたりとして右湯本村から売買による本件山林の移転登記を経由したものであるが、本件山林中立木は既に前記のとおり湯本村から控訴人浜田章に譲渡されていたのであるから被控訴人の取得したものは右山林中地盤だけに過ぎないのである。(被控訴人のした右登記については訴外金沢敏行が原告として被控訴人に対しその抹消登記手続請求の訴を起し目下福島地方裁判所白河支部昭和二十六年(ワ)第二六号事件として同庁に係属中である。)
(3) 控訴人浜田章は前記の如く本件立木を湯本村から買受けたので所有権者としてこれが保存登記を為しその後右立木は訴外金沢敏行を経て控訴人五月女駒吉がその所有権を取得したが、その所有権移転登記手続は右金沢の承諾を得て直接五月女に対して為し中間省略をしたものである。
(4) 土地所有名義人は立木に関する法律第十七条にいわゆる第三者にあたらない。
(5) 仮に第三者にあたるとしてもその承諾書又はこれに代るべき裁判書の謄本の添付がないまま登記手続が完了した後は本件の場合のように実体上の要件を具備しているものに在つてはもはやこれを取消すことができないものと解すべきである。
(6) 被控訴人の前記主張事実を否認する。
と述べたほかは原判決事実摘示と同一(当審に於て控訴人五月女は原審における控訴人浜田の答弁と同一の陳述をした)であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
理由
被控訴人が昭和二十七年三月二十九日福島県岩瀬郡湯本村大字湯本字小白森一番山林百七十三町歩につき同人名義の所有権取得登記を経由したこと、控訴人浜田章が右山林地上の立木(樹種ぶな、なら、とちのき、さわぐるみ及びひば等樹齢三十年生以上三百年生以下合計約八万五千余石の数量のもの)につき昭和二十八年七月十八日福島地方法務局長沼出張所受付第一、一二六号をもつて自己のために所有権保存登記を経、同年七月二十二日右長沼出張所受付第一、一三九号をもつて右立木を控訴人五月女駒吉に売渡した旨の所有権移転登記を済したこと、右保存登記の申請に際り控訴人浜田章が被控訴人の承諾書を添付しなかつたことは当事者間に争がない。
本件の争点は控訴人浜田章が本件立木についてした前記保存登記が立木に関する法律(以下単に立木法と略称する)第十七条に規定せられた登記手続に反する違法のものとして取消を免れないか否かに存するので以下この点について判断する。
元来土地所有権はその地上に生立する樹木にもその所有権の支配を及ぼすものであるから、立木を地盤から分離して独立の所有権の対象とするためには特別にその意思表示を必要とし殊にこれを取引の客体とする以上これが公示手段を施さねば到底取引の安全を期することができず立木法制定の趣旨も亦ここに存したと云わなければならない。
立木法第十七条の元来の法意は土地所有者が其の土地につき他の物権を設定した後同地上の立木を保存登記して土地から独立せしめるときは他の物権者の権利を害することとなるからこれを予防する趣旨のものであり、従つて同法条にいわゆる「土地の登記簿上利害の関係を有する第三者」とは所有権移転請求権保全のための仮登記権利者、登記した地上権者、永小作権者、賃借権者、抵当権者、先取特権者等を指称するものではあるが、立木法が土地所有権と立木所有権の分離を認めその別個の各所有権者の利害の調整を計つている趣旨から考え、特にその第十六条の規定と照し合せるときは右第十七条にいわゆる「土地の登記簿上利害の関係を有する第三者」の意義を敢て右の場合に限定しなければならぬというものではなく、山林の地盤と立木とが同一所有者から分離されて別個に転輾譲渡された場合に何等の明認方法をも講じていない立木のみの所有権者がその立木保存登記を申請する当時における登記簿上の土地所有権者であつて当該立木についての所有権をも主張する者にも拡張してこれらをも右第三者中に包含せしめて解釈するを相当とする。
従つて控訴人浜田章において前記認定の如く本件立木所有権保存登記について右にいわゆる第三者たる被控訴人の承諾又はこれに代るべき裁判の謄本の添付がない以上これなくしてした本件保存登記手続は違法のものと云わなければならない。
以上の次第であるから控訴人浜田章がした前記立木保存登記手続は右立木法第十七条の規定に違反したものでこれを抹消すべく、また控訴人浜田章から更に右立木について所有権移転登記手続を経た控訴人五月女駒吉の登記は控訴人浜田章の立木保存登記の有効であることを前提とするものであるからこれ亦抹消を免れないものと云わなければならない。
従つて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)